2018年2月12日 (月)

プチ観光・盛岡紀行

1月28日(日)に盛岡に行ったことはひとつ前のブログに書きました。



「伊藤史人氏 日本賞受賞記念凱旋講演会」in盛岡 参加報告


http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-8553.html




今日のブログは講演会の前の時間の「プチ観光・盛岡紀行」です(^^)



「イーハトーブ帰省」にはいつもはマイカーを使いますが、

雪の季節は列車を利用しています。



私たちは「列車の旅」も好きなので、朝から楽しみにしていました。



早朝出発だったため、自宅を出る時は真っ暗でした。

午前6時56分、

常磐線の車窓から見えた土浦近辺のレンコン田(※)に輝く朝日はとてもきれいでした。

※蓮田と呼ぶ地域もありますが、土浦はレンコン田と呼ぶそうです。


Photo_5   土浦のレンコン畑と朝日(常磐線の車窓から)



レンコン田にはレンコン掘りの人たちがいました。

寒い中、こうして働いていらっしゃる人たちのおかげで、

おいしいレンコンをいただくことができるんだなぁとしみじみ思いました。



東北新幹線に乗るのは何年振りでしょうか?!


Photo_6   上野駅(東北新幹線)



2人共、道中、車窓から見える景色を堪能していました。


Photo_7   富士山(東北新幹線の車窓から)


Photo_8   富士山(東北新幹線の車窓から)


Photo_9   日光連山(東北新幹線の車窓から)


Photo_10   日光連山(東北新幹線の車窓から)


Photo_11   那須連峰(東北新幹線の車窓から)


Photo_12   那須連峰と雪景色(東北新幹線の車窓から)


Photo_13   吾妻連峰(東北新幹線の車窓から)


Photo_14   吾妻小富士(東北新幹線の車窓から)


Photo_15   雪景色(東北新幹線の車窓から)


Photo_16   新花巻付近(東北新幹線の車窓から)


Photo_17   盛岡駅構内の看板


Photo_18   「かっぱ」見つけた!


Photo_19   盛岡駅


盛岡駅前は歩道に雪が残っていましたが、

雪も降っていなくて、歩いて散策するには良かったです。



駅前ではタクシーの運転手さんが声をかけてくださり、

親切に道順を教えてくださいました。

列車を使ったり、歩いたりすると、地元の方たちとのふれあいがぐっと増えるので、

特に私は、昔から「列車の旅」が大好きでした(*^^*)



講演会前の限られた時間なので遠くには行けないため、

「開運橋」「北上川」「岩手山」「らら・いわて」「盛岡冷麺」と行き先を絞りました。



「岩手山」と言っても近くに行くわけではなく、遠目に見るだけです(^-^;

「開運橋」から見える岩手山は定番のスポットですが、

少し歩いて「旭橋」からも見ました。



Photo_20   岩手山(開運橋から)


Photo_21   岩手山(旭橋から)


雪の季節にイーハトーブに帰省することは少ないので、

雪をかぶった岩手山を見ると嬉しくなります。



秋になると「北上川」や沿岸の河川には鮭が産卵のために遡上するそうです。

何千キロも旅してきた鮭の姿が日常的に市街地で見られるなんて、ロマンを感じます。

(横で「茨城でも見られるで」…と山ねこが言っておりますが…)



孵化した稚魚はまた遠くの海を目指して長い旅をします。

自然環境は人間の暮らしの変化や営みの中で変わっていきます。

河川の汚染など環境の変化で鮭の遡上が途絶えることもあるでしょう。



街並みと雄大な岩手山を仰ぎ見ながら、

こうした自然の営みが今も続いていることに感動していました。



「らら・いわて」は山ねこの一番の目的地でした(*^^*)


Photo_22   らら・いわて



山ねこは「岩手の名産品」を時々通販で注文していて、その注文先が「らら・いわて」なのです。



「岩手の名産品」の中で私たちが大好きなものは「がんこ」で、

南部せんべいの「みみ」と呼ばれているものです。



「がんこ」は遠野の友人に教えてもらったもので、初めて食べた時から大ファンになりました。

どこにでも売っているわけではないので、

帰省のたび、地元のスーパーなどでまとめ買いしていました。



最近はなかなか帰省できないので「通販」で買っています。



そんなわけで、今回は「らら・いわて」で「がんこ」を買うというのが

山ねこの目的だったようです。

あいにく「がんこ」は店頭にたくさん並んでいなかったですが、

関連するものや新作を選んで買いました。



Photo_31  お土産(がんこ他)



こういう些細なことで「幸せ」を感じることができる私たちです(^-^;



昼食は「盛岡冷麺」を食べました。


Photo_23   盛岡冷麺




昼食時間を含めて、講演会までの散策時間は2時間程度でしたが、

いろいろ味わえた良い時間でした。



講演会後は帰路の新幹線の時間が迫っていたので、

少し慌ただしかったですが、嬉しいことがありました!!



山ねこが座席指定席を「こまち」で予約していたので、

連結するところが見られたのです。

山ねこから事前に知らされていなかったため、私には「ビッグサプライズ」でした V(*^^*)V



Photo_24   「こまち」と「はやぶさ」


Photo_25   「こまち」


Photo_26   「はやぶさ」


Photo_27   「こまち」と「はやぶさ」連結間近


Photo_28   「こまち」と「はやぶさ」連結間近


Photo_29   「こまち」と「はやぶさ」連結完了




講演会参加というメインの楽しみがあっての「盛岡紀行」です。

短時間でもこうした「プチ観光」ができて嬉しかったです。

ちなみに、駅弁は岩手のものではなく、青森のものを選びました。



Photo_30   駅弁



ひとつ前のブログにも書いたように、

今後は研修会等でも「イーハトーブ入り」することが増えそうな気がします。



今回は日帰りでしたが、次回は「温泉&飲み会付きの計画」にして、

お楽しみを増やそうと思っています。

私の報告はやっぱり、最後は「飲み会」の話になりますね(^-^;

まっ、いいかぁ(*^^*)ゞ

2018年2月11日 (日)

「伊藤史人氏 日本賞受賞記念凱旋講演会」in盛岡 参加報告

私たちは「岩手好き」「宮沢賢治好き」で、岩手(遠野)は第2の故郷でもあるので、

毎年春と秋には必ず「帰って」いたのですが、ここ2~3年、帰れなくなっていました。



そんな時、「朗報」が入ってきました(*^^*)

1月28日(日)に「伊藤史人さんの講演会」が盛岡で開かれるという情報でした。

http://www.iwate-pu.ac.jp/whatsnew/2018/01/2018128-1.html



すでに、山ねこ工作室にも「EyeMoT(アイモット)」があり、

「福祉のえん日」や「特別支援学校での先生向けのワークショップ」などで、

体験していただいていることもあり、直接お話を伺いたいと思いました。



第2部には「パネルディスカッション」も企画されていて、

去年の夏のマジカルトイボックスのイベントの講演会の講師だった

「76歳の女子高生の板倉ミサヲさん」がご登壇されると知り、

またミサヲさんのお話を伺えるということも楽しみで、申し込みました。



第3部には「交流会」が組まれていることも魅力的でした。


Photo   

  いわて県民情報交流センター 7階から見えるセンター内


Photo_2

  いわて県民情報交流センター 7階から見えるセンター内


Photo_3

  岩手県立大学アイーナキャンパス(7階)案内表示


Photo_4   講演会の案内板



Photo_5   講演会開始前


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講演会の演題

  「成功体験」をベースにした視線入力訓練の方法とその実際   

    ~「EyeMoT」と振動フィードバックを活用した方法~

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私はいろいろな体験会で視線入力を体験させていただいたり、

山ねこが体験のサポートをしているのを傍で見たりしている時に、

「成功体験」というのはとても大事なことだと感じてきました。



視線入力に限らず、スイッチ等の体験の時にも感じてきたことです。



特に、直接使われるご本人たちが体験される時に、

体験そのものが難しかったり、サポートする方たちが不慣れだったりすると、

「成功体験」に繋がらず、「難しいもの」「できないもの」という印象をご本人たちが

持たれてしまうことに繋がる気がしていたからです。



「成功体験」ができるためにはセッティングのしかたもとても重要です。

機器類の体験をする時にセッティングやその準備が不充分だと

セッティング段階で「難しいもの」「できないもの」と感じてしまいます。



私自身、機器類の仕組み自体が充分理解できているわけではなく、

実際には「私にとっては難しいもの」という想いや、

テクノロジーや機器類への苦手意識もあります。



それでも、テクノロジーや機器類は自分にとって役立つものだと思っています。

役立つ時が今現在という場合もありますし、近未来という場合もあります。



それだけに、「私にとっては難しいもの」という想いや苦手意識が

「使わない」「使えないもの」として定着してしまったり、

排除してしまったりしたくないという想いがあります。




そんな私なので「成功体験」や「セッティングの重要性」は大切な視点で、

「楽しいという実体験」はとても重要です。

少なくても、私にとってはすべて「必要なもの」です(*^^*)





「成功体験」や「楽しいという実体験」が

「使いたくなる気持ち」や「もっとやってみたいという意欲」にも繋がります。




ずっと以前からそんなことを思い続けてきたので、

伊藤さんの「成功体験」をベースにした取り組みや実際のお話には、

私自身の体験とも重なって、とても共感しました。




講演の途中で、南カリフォルニアの方とネットを繋げた対話を

聴かせてもらえる時間も組まれていました。

実際にお使いになっているお子さんは、ネットが繋がった時間に

ちょうど眠ってしまわれていたので、お母さんと伊藤さんとの対話でした。



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パネルディスカッションのテーマ

  「なぜ教育・福祉の現場にテクノロジーが根付かないのか?」

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Photo_6   配布資料(パネルディスカッション)



パネルディスカッションは各分野の方たちがパネラーとなって進められましたが、

「ひとり約3分」という短時間の持ち時間にも関わらず、

それぞれのお立場での「重要なエッセンス」が語られ、

伊藤さんの進行とパネラーのみなさんとのかけ合い(笑)も絶妙でした。



どんな立場であっても、視点がぶれていなければ、

短時間でも、こんなに内容の濃い、充実した時間になるのだと思いました。



私がお話を伺うのを一番楽しみにしていたミサヲさんは、

伊藤さんとのかけ合い(笑)の中で、終始ステキな笑顔でお話されました。



中でも「私のように口の立つ人はいいけど、口で喋れない人は辛い思いをしている」という

ミサヲさんのメッセージはとても印象に残りました。



こうしたメッセージの中にも「重要な視点」があると思いました。



音声での発話が難しい方や身体的に動かせるところが少ない方や

進行性の障害や病気のためにできなくなっていくことの多い方たちにとって、

コミュニケーションや考え方やとらえ方のズレによって、

本人の意思と関係なく、生活が狭められていくのは良いことではありません。



情報を持っている人が情報を伝え、それぞれが活用の実例を知り合い、

それを伝え合っていくという「開かれた支援」でなければ、

「生きる希望」や「幸せな未来」にも繋がっていきません。



「今が幸せでなければ、幸せな未来に繋がらない」



以前、ある方の講演会で聴いたメッセージとも共通しています。



そんなことをいろいろ思いめぐらせながら、みなさんの話を聴いていました。

山ねこ工作室としての今までの活動やこれからの活動はもちろん、

私たち自身の生き方をあらためて見直す時間にもなりました。


Photo_11   集合写真



参加者のみなさんは初対面でしたが、

交流会では、お喋り好きで、ご縁づくり担当(笑)の私は、

山ねこと一緒に何人かの方たちとお話し合いました。



パネルディスカッションにご登壇されたマジカル仲間(笑)の菊池さんには

伊藤さんとお話する仲介をしていただきましたが、

その大部分を私が興奮気味にお話してしまったために、

山ねこは伊藤さんとはちょっとしかお話しできませんでした(^-^;

(いつものことなんですけどね…)



その証拠写真を撮られていました(^-^;


Photo_7   歓談中(山ねこはノンアルビール飲んでます)


Photo_8   山ねこ歓談中


Photo_9   記念写真(伊藤さんと菊池さんと共に)



参加者の中には、地元の企業の方などもいらっしゃって、

山ねこはとても嬉しそうにお話していました。


Photo_10   歓談中(筋電スイッチの話)



今回の講演会を主催された岩手県立大学の先生方ともお話しできて、

1時間足らずの交流会も内容が濃く、とても楽しかったです。



伊藤さんの講演会、パネルディスカッション、交流会、合わせてたった3時間なのに、

これほどまでに内容の濃い、充実した楽しい時間になったのは、

主催された岩手県立大学の先生方はじめ、

伊藤さん、パネラーの方たち、参加者のみなさんの熱意ゆえでしょう。



帰宅してから2~3日もしないうちに、FB等では報告が流れていました。

「伊藤縁(障害支援へのICT活用への熱い心をもつ同志)」ということばも見つけました。



私たちがいろんな意味で印象深く感じた盛岡でのこの時間は、

「伊藤縁」が繋ぐものだったのだとあらためて知りました。



山ねこは「伊藤さんのブログ」も以前から読んでいたようですが、

ブログからも「伊藤縁」のリアルな様子がよく伝わってきました。



ポランの広場 福祉情報工学と市民活動

http://www.poran.net/ito/



2月1日のブログには、この日の講演会が取り上げられた新聞記事も掲載されていました。

http://www.poran.net/ito/archives/8071



パネラーの方の配布資料の中に、

「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という

「宮沢賢治のことば」を見つけました。



私たちは前述したように宮沢賢治が大好きで、

「イーハトーブ(岩手)」とのご縁は40年近くになります。



そんな私たちなので、大好きな「イーハトーブ」では、

「賢治さんのご縁」でいろんな方たちと繋がり合って、

今まで「たくさんの出逢いと繋がり」を得てきました。



「伊藤縁」は私たちにとっては「賢治さんのご縁」なのかも知れません。



交流会でも「新たな一歩に繋がる素敵な出逢い」もありました(^ ^)



そんな新たな「イーハトーブとの繋がり」で、

久しぶりに帰った「イーハトーブ」がますます近くなりました。

これを機に「イーハトーブへの帰省」が再開しそうで、楽しみです(*^^*)



今回は日帰りだったため、交流会後すぐに帰路につかなくてはならず、

いつものような「飲み会」はできませんでしたが、午前中に少しだけ「プチ観光」をしました。

その「プチ観光・盛岡紀行」は別便で書きます(^-^;

2018年2月 2日 (金)

「ドロップス」との「ご縁のえん」~両親の導き~

1年近く前のことです。

昨年の2月18日に「kintaのブログ」を読みました。

★ドロップス活用例大募集★

http://magicaltoybox.org/kinta/2017/02/18/14570



「ドロップス」がいろいろな場で活用されていることは知っていましたが、

「視覚シンボルで楽々コミュニケーション」という本が生まれた経緯は知りませんでした。



「kintaのブログ」を読んで、人と人との繋がりっていいなぁと思いました。

そして、活用例が募集されているなら、私も応募しようと思いました。



両親との関わり合いの中で「ドロップス」のシンボルを「絵カード」にして

日常的にいろいろ活用させていただいてきたからです。



コミュニケーションは双方向(2016年6月27日)

http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-ae39.html



「ドロップス」を両親とのコミュニケーションに使っているという現状と

介護の中で役立てられていることが嬉しくて、お礼の気持ちで応募しました。



「ドロップス」に限らず、両親を通して知ることになった介護現場では、

「視覚的な支援」が浸透していないことを知り、残念だなと思っていました。

(両親が入居していた住宅がたまたまそうだっただけかも知れませんが…)



一方、ほぼ毎日、両親が暮らす住宅に通い続けたことで、

介護現場の人手不足やシビアな実情もリアルに見えていました。



そんな介護現場の実情から、

「視覚的な支援」などが「役立つもの」であっても、

「絵カード」なども使い慣れていらっしゃらない職員さんたちに

一方的にお願いすると負担になるだろうことも感じていたので、

両親が必要な時に私が使い続けていました。



両親と私の日常の「視覚的な支援」や「絵カード」の活用を見て、

職員さんたちがその有効性を感じて取っていってくださったことはとても嬉しいことでした。



職員さんたちが真似て使ってくださったり、工夫してくださったりして、

少しずつ広がっていったことも嬉しかったです。


また「視覚的な支援」が両親と私のコミュニケーションだけでなく、

職員さんたちにも役立っていたことは新鮮でした。



両親が暮らした住宅は職員さんが短時間勤務体制にもなっているので、

一日の中でも職員さんたちの入れ替わりが多いこともあり、

職員さんたちが伝え合う引継ぎ事項も多く、情報が錯綜するようでした。



そんな実情でもあったせいか、

私がお願いしたり、職員さんから伝達されたりすることを

「写真」や「掲示物」として作り、両親の居室に貼り出していたので、

「三郎さんとみよさんに関することは、居室に行けばわかる」とよく言われていました。



「簡潔明瞭」「一目瞭然」な「視覚的な支援」はやっぱり誰にとっても有効なんだ…

そう実感すると、工作好きの私のモチベーションはますます上がっていきました(*^^*)



私にとって、「掲示物」などを誰が作るかは問題ではなく、

「必要とする時に、すぐ作る」

「修正が必要な時には、すぐ修正する」

「不要な時には、すぐ撤収する」…というように、

両親の実情に合わせた対応が重要でした。



わかるように書いて掲示したつもりでも、伝わっていないと感じる時は、

「わかりにくいんだ」「まだまだ私の力不足なんだ」ととらえ、修正し、作り直してきました。



自分本位で作ったり、使ったりしていると気づかないこともあるので、

両親の言動や認識のしかたを細かく観ることをより重視してきました。



両親の動線、視線はもちろん、職員さんたちの動線、視線も観て、

誰にとっても「見えやすい」「使いやすい」ような工夫もしました。



特に怪我や事故に繋がり兼ねない注意喚起の掲示は迅速さも必要でした。

また、掲示場所(高さや位置)や掲示物の大きさも重要な視点でした。



両親がベッドでの臥床中に見るものは、私自身が実際にベッドに寝てみて、

高さや位置を確認し、必要に応じて微調整もしました。



実際に使っていく中で、私の思考もどんどん柔軟になり、発想も豊かになり、

新たな工夫や配慮ができるようになることを実感していきました。



そうするとアイディアもどんどん浮かんでくるので、作業する時間もあまりかかりません。

私にとっては支援のためというより、「自分自身の楽しみ」として定着していきました。

「気づきや学び」を楽しみと感じられることが嬉しかったので、

こういう作業もまったく苦にはなりませんでした。



「ドロップスをご両親とのコミュニケーションに使う時、抵抗なかった?」と聞いた

友人がいました。

「ドロップス」は特別支援学校の先生たちが作られたものですし、

学校関連の絵が圧倒的に多いので、そんな問いかけも不思議ではありません。

いろいろな動作や活動に描かれている顔は「男の子」や「女の子」なので、

私も使い始める頃、両親と使うには少し子どもっぽいかなとは思いました。



でも、「ドロップス」の存在を知らなかった友人のOTが「男の子」の絵を見て

「おじいさん」と言い、「お父さんに似たイラストをよく見つけたね」と言ってくれたのが新鮮で、

先入観で見てしまうのはいけないなと気づかされました。



職員さんたちや他の事業所から訪問してくださる担当者の方たちにも

「絵がとてもシンプルで、わかりやすくて良いね」と言われました。

他の訪問先の方たちとのコミュニケーションに悩まれていることもあり、

「こうした『良いもの』の存在を知り、使っていくことで、

高齢者の方たちの現場でも広がっていくと良いね」とも言われました。



両親とのコミュニケーションに役立てばと思って使い始めたものが、

職員さんたちや関係者の方たちとのコミュニケーションにも役立つことがわかり、

「ドロップス」が「絵カード」の素材というだけでなく、

生活の中で息づいていったことは本当に嬉しいことでした。



昨年の7月2日に父が亡くなり、10月2日に母が亡くなりました。

12月のブログの中にも書いていますが、

母とは亡くなる日まで「絵カード」を使っていました。



両親を見送って想う ~「自分らしく生きる」ということ~(2017年12月30日)
http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-c2fa.html




母が亡くなった直後に「ありがとう」と書いた「気持ち」の絵カードを母の枕元に置きました。

最後のお別れにきてくださる方たちに向けて、

母が伝えたい気持ちを「ありがとうの絵カード」に託しました。

Photo_5   ありがとうの絵カード



納棺の時には、私たちみんなの気持ちをこめて、「ありがとうの絵カード」を入れました。



母を見送る時にも「絵カード」をこんなふうに使えたのも、

「絵カード」が私たちにとって「生活の一部」になっていたからです。



あらためて振り返ってみると、

両親と私にとって「絵カード」や「視覚的な支援」は

支援ツールというより「あたりまえの日常」になっていたのです。



両親が続けて他界し、いろいろな雑務に追われ、

応募していたことすらすっかり忘れていた時に、

出版社(七七舎)から両親との活用例が掲載されるという連絡が入りました。



とても驚きましたが、連絡があったのが偶然にも11月2日、

両親のいわゆる「月命日」だったこともあり、両親の供養になると思いました。



「視覚シンボルで楽々コミュニケーション おかわり2」に掲載していただきました。

Photo_3   

   「視覚シンボルで楽々コミュニケーション おかわり2」


https://www.space96.com/php/user/item_detail.php?store_id=space96&flow_id=joyVrI&from_page_id=keyword_list74991100&youto_kbn=1&andor=and&item_cd=s17111403



両親がお世話になった住宅の職員さんに報告すると、

「三郎さんとみよさんと過ごした日々を思い出しました」と言われました。



「ドロップス」とのご縁が両親と私だけではなく、

職員さんたちや他の方たちとも繋がっていたことをとても嬉しく思いました。



実は、「ドロップス」とのご縁にはまだ続きがあります。

七七舎の方から、また連絡が入りました。



七七舎は介護関連の雑誌(ブリコラージュ)も出版されています。

http://www.nanasha.net/brico/index.html



「ドロップス」を高齢者とのコミュニケーションに使うのは良いアイデアで、

介護現場でもこうしたコミュニケーションツールが広がるといいなという

担当者の方の強い想いがこめられた原稿依頼でした。



私自身、以前から同じことを考えていたこともあり、

原稿を書くことで両親だけでなく、

他の方たちに役立つことに繋がるなら嬉しいと思いました。



また、こうした機会を得て、書かせていただけるのなら、

お世話になった関係者の方たちへの感謝の気持ちを伝えられると思い、

お引き受けしました。


Photo_4   介護雑誌「ブリコラージュ」



教育・福祉・医療・介護など分野を分けず、

子ども・大人・高齢者など世代も問わず、障害の有無も問わず、

「必要な時」に「必要な支援」を受け合って、

「安心できる暮らしが叶う社会」にしていきたいという想いがあります。



そのためにも「良いもの」が浸透していくことはとても重要です。



私たちが日々の生活の中でやれることはささやかですが、

今回の「ご縁のえん」もそんな小さな一歩だと私は思っています。



今、毎日、両親の笑顔の写真をみるたび、

こうして書いて発信することも含めて、両親に導かれている気がします。



介護をしていた時より、違った意味で、両親を身近に感じる毎日です。



「ドロップス」の「ご縁のえん」は私にとって、

「両親の娘として生まれ、今を生きている幸せ」にも繋がる大切なものとなりました。



関係者のみなさまには感謝の気持ちでいっぱいです。



自分自身の老いや死を見すえて、最期までどう生きるかを考えてきた両親です。



父が父の生き方を全うし、母が母の生き方を全うして生きぬいたように、

いっぱい迷ったり、悩んだり、失敗したりしながらであっても、

私も私の生き方を全うできるように生きていけたらいいなぁと思います。



そのためにも、まだまだ修行は続きます。

もちろん、苦行ではなく、何事も楽しみながらです!(*^^*)!

嬉しいメッセージ(手づくりハンドウォーマーのその後)

昨夜からの雪が今も降り続いています。

雪の日は怖くて、私は外出できません(-_-;)


2_2   家のまわりの雪景色



1_2   家のまわりの雪景色



そんな日に嬉しいメッセージが届き、心がほっこりしました。



私が手づくりした「ハンドウォーマー」を使ってくださっている

盛岡の方からのメッセージです。



「手のカバー愛用しています(^^)ありがとうございます!」



写真も添えてあったので、使用状況がわかり、とても嬉しかったです。


Photo_2   ハンドウォーマー使用中の写真 ㏌ 盛岡



写真を見ると、マウスを使いながらペンも使用されるようなので、

手袋と違って、使い勝手は良さそうですね(^-^;



盛岡も冷え込んでいるようなので、

こんなちょっとしたグッズでも

少しでも暖かく、快適に過ごしていただけているといいなぁと思います。



こうした報告をいただき、情報交換ができると、

人と人とが繋がり合っているのがより実感できて嬉しいです。



寒くても、外出できなくても、心が温かくなって、気持ちもアップし、

家の中で私もいろいろ動けそうです。



(参考)手づくり「ハンドウォーマー」(1月20日のブログ)

http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-9109-1.html
 

2018年1月29日 (月)

「アート」と「地域」と「人」が繋がる

1月20日(土)城里町で開かれたイベントに行ってきました。


友人のゆっこさんがフェイスブックで案内告知してくれていた

「古内アート&マルシェ」というイベントです。

http://shirosato-iro.com/2017/12/180120simake/




築350年を超えるかやぶき屋根の曲がり屋風古民家で、

国登録有形文化財の「島家住宅」を会場に

城里町の地域おこし協力隊と地域住民や

地域のアーティストさんたちが連携して行われたものです。



私たちの大好きな「あかす」さんも出展されると知り、

山ねこと一緒に行ってきました。


 
Photo   外観


Photo_2   外観


Photo_3   土間


Photo_4   部屋の中


Photo_21   庭




「あかす」さんはゆっこさんの同級生です。

以前、水戸市内でゆっこさんとの「二人展」を開かれたこともあります。



ゆっこさんのパステル画も大好きですが、

「あかす」さんの色鉛筆画も大好きです。

細かいところにいろんな「仕込み(^^)」もあります。



Photo_5   「あかす」さんの絵


Photo_6   「あかす」さんの絵


Photo_22   「あかす」さんの絵



私たちはいつも全体を観た後、

絵の前で、長い間座ったり、立ったりしながら、隅から隅まで観て、

どんな仕込みがあるのか楽しませていただいています。

絵そのものだけでなく、額やその周りも観ます。


Photo_7   額に注目


Photo_8   額に注目




絵から飛び出した手づくりのキャラクターもいて、

それを見つけると嬉しくなります。




Photo_11   灯り


Photo_12   おかまの中に何かいる?!



山ねこは毎回、私以上に、隅々まで観ています。



Photo_9   隅々まで観ている山ねこ


Photo_10   隅々まで観ている山ねこ



山ねこが見つけたものに私が気づかなかった場合、

「見つけそびれたことへの残念感」で悔しくなることもあります。

そんな競争をすることでもないのですが…(^-^;




Photo_13  「あかす」さんの絵をズームアップ


Photo_14   「あかす」さんの絵をズームアップ


Photo_15   「あかす」さんの絵をズームアップ


Photo_16   「あかす」さんの絵をズームアップ




地元のおじさんたちやおばさんたちもたくさん来られていました。

「あかす」さんの絵の前で、二人のおばさんが話していました。

「こんな細かい絵をよく描いたよねぇ」…というコメントに始まり、

絵の部分部分に着眼して、おばさんたちなりの解説をされていました。



傍で聞いていると楽しくなってきて、お二人の会話に私も加わって、

「おばさんトーク」を楽しみました(*^^*)



1枚の絵から繋がった楽しく、嬉しいひとときでした!



再会した友人たちと写真を撮りました。

山ねこは「あかす」さんの絵から抜け出してきたような可愛い姿になっています。

赤い着物を着た「座敷わらし」のような可愛い女の子にも出逢いました。


Photo_17   被り物が似合う山ねこと友人のゆっこさん


Photo_18   久しぶりに再会した人たち


Photo_19   縁側


Photo_20   おかまの中にはおじいさん?!




当日はそれほど寒くはなく、「縁側のひだまり」が暖かく、

座布団に座わってまどろんでいると、

「家」も「人」も「時間」も「空気」も…

その場のすべてのものが私たちを優しく包んでくれるようでした。



「古内茶」というおいしいお茶もいただきました。



お話によると、今回のイベントは初回だそうで、

主催者の方たちは予想外の来場者数に驚いておられたそうです。

準備されていた「甘酒」や「けんちん汁」もすぐになくなったそうです。



このイベントを知った時、

出展されるアーティストの人たちはご自身の作家活動の場として

城里町に移り住んで工房を作り、アート仲間として繋がり合い、

イベントを企画されたのだと思っていました。



でも、そうではなく、イベント企画が出されてから、

町に住んでいらっしゃるアーティストが集まってこられたようで、

初対面の人たちも多かったようです。



えっ、偶然? たまたま??

そんなふうに出逢って、こんな場やイベントに繋がっていったの??



「運命」とも言えるような「出逢いのお話」も伺って、

ますます感動が高まりました。



老若男女、世代も関係なく、障害の有無も関係なく、

そこで出逢った人たちが笑い合い、気軽におしゃべりし合って、

一緒に「穏やかな時間」を過ごせることがとても素晴らしいと思いました。



「穏やかな時間」が流れる「ぬくもりのある場」で、

久しぶりに再会した人たちとも会えて、元気をいただき、心癒されました。



「町おこし」「村おこし」「地域活性化」などと言って、

いろんなところで、いろんなイベントが行われています。



今回参加したイベントは、

「みんながつながる地域づくり」の原点をみたような気がします。



イベントのことを教えてくれたゆっこさんに感謝です。



我が家から車で30分程度のところに、こんな素敵な場所があることを知りませんでした。


また、出かけていきたい場所に出逢えました。
 

2018年1月20日 (土)

手づくり「ハンドウォーマー」

寒い時期のパソコン操作で辛いのが「手先の冷え」です。


手袋での操作はやりにくく、指先の開いた手袋を使っています。

それでも、私は指先の甲の部分が冷たく、

特にマウス操作をする右手の冷えが強くて、

なんか良いものはないかなとずっと思っていました。



以前、サポートさせていただいた頸椎損傷の方が

ベッドでのキーボード操作の時に布団の中から手を出すのが辛く、

良い方法はないかと相談を受けたこともあります。



状況はそれぞれ違いますが、寒い時期の冷えの悩みはあるんですよね。



先月、ネットでたまたま見つけたのが「デスクミトン」です。

https://www.desk-mitten.com/user_data/shape.php



同じ辛さを感じている人がたくさんいらっしゃるから

こんな商品が開発されるんやなぁと思いました。



もちろん、これを購入しても良かったのですが、

写真を見て、私の「工作心」が動きました!!

手づくりできるかも…と思ったとたん、ヒラメキました(*^^*)



私は100円ショップが大好きで、

直感的に使えそうと感じるものは買っておいてあります(^-^;



そこで、モコモコした温かい素材の靴下を利用して試作しました。

使ってみると、指先まで覆われるので温かく、良かったです。


Photo    かかとを切り抜いて縫い留める


Photo_2   手の甲側


Photo_3   手のひら側(髪留めゴムに指を通す)


Photo_4   手の甲側(手の甲が覆われる)


   

ひとつ前(1月14日)のブログで少し触れましたが、

マジカルトイボックスのイベントに参加する時には

自作のものを持っていくようにしているので、今回は「これ!」と決めました。



山ねこは電子工作したものですが、

私にはそれは無理なので、こういうものが多いです。

時には「工作」とは言えないようなものもあります(^-^;



山ねこも、私の試作品を見て大うけしてくれて、

「それはいい!!」と絶賛してくれました!(^^)!



せっかくなので、より良いものにしたくて、

再び100円ショップに行き、「ホームカバーソックス」を見つけました。



手首を入れる部分の切り抜きと縫い留めは必要ですが、

ホームカバーソックスの方が楽で、きれいに仕上げられました。

それに、靴下よりも甲にあたる部分の横幅があるので、温かいです。


Photo_5   手のひら側


Photo_6   手のひら側(髪留めゴムに指を通す)


1   手の甲側(手の甲が覆われる)


Photo_7   手のひら側


2    手のひら側(髪留めゴムに指を通す)


2_2   手の甲側(手の甲が覆われる)






マジカルトイボックスのイベントの自己紹介の時に紹介しました。



スタッフ・サポーター・参加者含め、70名くらいいらっしゃいましたが、

「デスクミトン」をご存知の方はいらっしゃらなかったようです。

良さそうな商品なのにあまり一般的ではないのでしょうかね(^-^;



私が紹介した手づくり品には「笑い」が起こりました。

私は「笑い」をいただけると最高に嬉しいのですv(*^^*)v



冷えの悩みは圧倒的に女性が多いかなと思っていましたが、

冷えのお悩みをお持ちで、すぐにお声かけくださった男性もいました。



プレゼント用として2つ持っていったので、

交流会後、ほしい方たちにジャンケンしていただいてプレゼントしました。



ちなみに、これに命名はしていませんでしたが、

当たった方が「ハンドウォーマー」と言ってくださったので、

私も「ハンドウォーマー」と呼ぶことにしました(^^)



今は、家に在庫がないので、また作ろうと思っています。



市販の「デスクミトン」はホッカイロを入れるところがあります。



私の手づくり「ハンドウォーマー」にも改良を加えて、

より快適なパソコン操作ができるようにしたいと思います。

2018年1月14日 (日)

やっぱり「マジカルトイボックス」は楽しい!!

1月6~7日は東京で第45回マジカルトイボックスのイベントがありました。

http://www.magicaltoybox.org/mtb/event/event45



山ねこ工作室の新年初の活動は

マジカルトイボックスのイベント参加と言っても良いくらい毎年恒例の年中行事になっています。

今年も参加できて良かったです。



毎回、講演会と製作講座がありますが、

参加者のみなさんとの交流・情報交換の時間も組み込まれています。



講演会の講師の佐野先生のお話の表題は

「コンピューターの入力方法を工夫する」というもので、

自作のツールを動画を交えて具体的にご紹介くださいました。

「実態に合えば自然に伸びていく子どもたちの力」というお話が印象的でした。



特に最近、私自身が「観察の重要性」「実態に合っていることの重要性」を

再認識させられていることもあって、佐野先生の一言一言が心に響いてきました。



これからも観察や環境調整など大事な視点や対応をぶらさずにいけるよう

再確認できたことを実践していこうと思います。



製作講座は、私は視覚障害があって微細作業が必要な電子工作はできないため、

もう何年も前から、私の製作物の製作は山ねこに任せて、のんびり過ごしています(^-^;



今回の製作物は「リヴァイブUSBを使ったスイッチインターフェイス」と言って、

これを使うとパソコンやタブレットなどを外部スイッチで操作できます。
Photo   リヴァイブUSBを使ったスイッチインターフェイス



スマホやタブレットなどがどんどん普及してきていますが、

画面をタッチする操作ができにくい方たちもいらっしゃるので、

外部スイッチを繋いで操作するためのスイッチインターフェイスもいろいろ開発されています。


市販品にもいろいろなものがあります。

http://www.tokyo-itcenter.com/700link/switch-int.html



今回は「リヴァイブUSB」という市販品のキットを使った製作だったこともあり、

いつもより簡略な電子工作だったようです。



私はプラグのネジの仮止め部分だけ手伝いましたが、

ほんの一部でも自分でやると達成感を感じて、嬉しいです(^-^;



製作後は、実際にそのスイッチインターフェイスを各自のiPadやスマホに繋いで、

活用演習をしました。
Photo_2


  設定→アクセシビリティ→スイッチコントロール→レシピ

  この流れで設定していく



外山さんがわかりやすく、丁寧に進行してくださったので、

多少戸惑いながらも、実体験の中で使い方の基本を知ることはできました。



…とは言っても、1人でやっているとつまずくことも多く、わかったとは到底言えません。



翌日、外山さんから個人的にレクチャーを受けて、ほんの少しだけですが、一歩進めました(^-^;



これから実際にいろいろ試しながら、使い方を覚えていければと思っています。



このスイッチインターフェイスは外部スイッチでの操作だけではなく、

「MaBeee(マビー)」という乾電池(4000円位)をおもちゃに入れて、

専用のアプリ(無料)でコントロールすることもできます。

https://mabeee.mobi/



このスイッチインターフェイスを使うといろいろ活用が広がりそうです。



山ねこは自由製作時間に「パワポDEスイッチ君」を製作してきました。
1_2

  急遽設定してくださった「山ねこ工作室コーナー」



「パワポDEスイッチ君」は平成27年度~29年度科学研究補助金

(基盤研究(C):課題番号 15KO4565:研究代表 大杉成喜)

「プロトタイピング手法を用いた重度・重複障害児のICT活用教材の開発研究」の

研究成果のひとつとして提供されているものです。




参照:見て見ておもちゃ君たち ~視線マウスとパワポで外部機器制御~
http://makezine.jp/event/makers2016/kumamotodaigakukyouikugakubu/




「パワポDEスイッチ君」とそれのパワーポイントを使った制御ソフトを使って、

視線入力によって、おもちゃをON・OFFすることができます。



私も過去に体験させてもらったことがありますが、

画面に視線を向けるとおもちゃが動いた時は感動しました。



「視線入力」は最近特にとても注目されている入力方法なので、

いろんな方たちが研究にご尽力され、こうして実用化してくださると嬉しいです。



今回、製作した方たちは、それぞれの場で実際に活用して、

感想や意見を開発者の方たちに「レポート報告」することになっています。



山ねこは帰宅してからいろいろ試していました。



今まではイベント会場などで体験させていただくことしかできなかったので、

こうして山ねこ工作室にも導入されたことで、私も体験させてもらえそうで楽しみです(*^^*)


不慣れな私の体験談は、きっと山ねこのレポート作成にも役立つでしょう(^-^;



交流会での自己紹介の時には自作のものや実践を紹介するコーナーもあります。

山ねこは「感度調整機能付き空気圧センサースイッチ」を紹介しました。
Photo_3   感度調整機能付き空気圧センサースイッチ


2   感度調整機能付き空気圧センサースイッチ本体


Photo_4   感度調整機能付き空気圧センサースイッチ



「空気圧センサースイッチ」は昨年の製作講座でみなさんが作られたものですが、

活用する中で「感度の良さ」がデメリットとして発生することもあり、

改良の依頼を受けて「感度調整機能」を付けたものです。



元々の「空気圧センサースイッチ」が現場で活用されているからこそ、

新たな改良希望も出てくるのだと思います。



「感度調整機能付き空気圧センサースイッチ」への反響は多く、

参加者のみなさんからの問い合わせも多かったです。



私はこれ以上の詳細説明はできません(>_<)

詳しくお知りになりたい方は、

山ねこ工作室のHP(※)記載の連絡先にお問い合わせください。

※http://yamaneko.life.coocan.jp/



機器類の仕組み自体は私には理解できないことも多いですが、

こうした意見交換がとても重要だということは、毎回、実感しています。



小松さんからは山ねこ作の呼気スイッチの入力操作部分を工夫したものをご紹介いただきました。
Photo_5   呼気スイッチの入力操作部分


Photo_6   呼気スイッチ操作中



入力操作部分のチューブを口でくわえることに抵抗があるという方の要望を受け、

お弁当などに入れるシリコンのおかず入れを活用して入力操作部分を作り、

マスクをつけて操作できるようにしたそうです。

この改良で、ご本人も抵抗なく使っていらっしゃるそうです。



小松さんにはマジックテープにタクトスイッチを付けて、

指に巻き付けて使うスイッチも紹介していただきました。



毎回、アイディア豊富な小松さんの作られたものや具体的な実践のお話は

とても勉強になります。



小松さんのお話は楽しくて楽しくて、私のテンションは上がります。

特に、私の「遊び心」が刺激されることが嬉しいです(*^^*)




できないことを諦めるのではなく、

どうしたらできるか、どうしたら楽にできるかなど、

あったらいいな、できたらいいなと思っている方たち、

開発に関わる方たち、支援に関わる方たち、立場を問わず、

みんなで一緒に考えていく機会になるといいなぁと

マジカルトイボックスのイベントに参加するたびに思います。




山ねこは「注文の多い私」には時々困らされることも多いようですが、

使っていく中で、不具合や改良点などもいろいろ出てきて、

それらを意見交換することで、より良いものが作られていきます。



「注文を多く出すことで、エンジニアの山ねこのモチベーションが上がる」と

私は思っています…多分…きっと…ほんまか…('◇')ゞ




私自身の機器類の学びと実践の歩みはとてもゆっくりペースですが、

「楽しい」「おもしろい」という体感を大切にして、

持ち前の「遊び心」で自分自身が使って、楽しんでみたいです。



今年も交流会・懇親会(飲み会)などで参加者の方たちといろんな交流・情報交換ができて、

有意義で充実した時間を過ごすことができました。

イベントには飲み会メインで参加しているような私なので、

懇親会が始まった時から終わるまで飲み続けました(^-^;



参加者のみなさんは全国各地から集まってこられているので、

お土産にと持参された「地酒」も並ぶので、それを味わえるのも楽しみのひとつです(^-^;
Photo_7   博多にわかせんべい(おいしかったです)


Photo_8   にわかせんべいの箱



懇親会の時は「にわか面」を付けた人たちがいっぱいでした。



新年早々、私たちがこんな楽しい時間を過ごせるのは、

事務局のみなさんやスタッフのみなさんの準備や後片づけなど

たくさんのご尽力あってのことです。

毎回のことながら、心から感謝しています。




すでに、今後のイベントの日程予定は出ています。


次回も参加できるといいなぁ。
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第46回イベント

日時:2018年7月14日(土)

場所:国立オリンピック記念青少年総合センター



第47回イベント

日時:2019年1月5日(土)~6日(日)

場所:国立オリンピック記念青少年総合センター

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イベント終了後は、恒例の秋葉原巡りをしました。

今回、初めてご一緒した方たちもいて、とても楽しかったです。




その後は、もちろん八木ちゃんと3人で東京で飲み会をしました。


やっぱり、これがなくちゃね(*^^*)ゞ


新年度に一緒にやる「福祉のえん日パート3」の打合せも少しできました。
Photo_9   八木ちゃんと3人の新年会



私は「ジャポネール(日本酒とジンジャエールのカクテル)」というものを初めて飲みました。

いろいろ混ぜるものや甘いアルコールは好みではないですが、これはOKでした!



あれっ、イベント参加報告のはずが「飲み会報告」になりました(^-^;



小松さんに紹介していただいた指に巻いて使えるスイッチは

これなら私にも作れるかも…と思って、必要なタクトスイッチを購入し、

自宅に帰って落ち着いてから製作しました。



山ねこ師匠に教えてもらいながら、私にもなんとか作れました。

焦点が合いにくく、これだけのはんだ付けでも難航しましたが、

はんだ付け以外の作業は問題なくできて、

新年早々、達成感を感じる時間が持てて嬉しかったです!(*^^*)!
Photo_10   はんだ付け作業中


Photo_11   指に巻き付けて使えるスイッチ(指スイッチ)


Photo_12   指に巻き付けた状態


Photo_13   操作中



今年も山ねこ工作室の活動がもっともっと楽しくできますように(*^^*)



今年は何ができるかな?次はどこに行けるかな?

どなたと会えるかな?

何が飲めるかな?

楽しみです(*^^*)ⅴ
 

2018年1月 5日 (金)

朝の空

日の出が早くなってきたとは言え、起床時はまだお日さまが出ていません。



寒くて、おふとんから出るのも辛い時間ですが、

家の前の朝の美しい景色が力を与えてくれます。


15   朝の空



辛いことでも見方を少し変えることで、気持ちも少し変わります。



お日さまに「おはよう!」とあいさつするのも日課になりました。



今日は6時50分にお日さまが出ました。
15_2  日の出


15_3  日の出


15_4  日の出
今日も一日、いろいろがんばれました(*^^*)

2018年 新年のはじまり(山口紀行)

年末年始とお盆は、よほどのことがない限り、山ねこの故郷に帰省します。



義母と過ごす貴重な時間なので、大事にしています。



昨年、両親が他界したこともあり、今回は特に帰省が楽しみでした。



今まで以上に、義母が愛おしく、大切で、力強い存在に感じ、

今回も義母との語らいは充実していました。



両親の生き方や考え方から学んだことは多いですが、

両親とはまた違った義母の生き方と考え方からも学ぶことが多いのです。



重要なところは共通していて、

山ねこと私の生き方や考え方に繋がっていることを毎回痛感させられています。



帰省と言っても、ここ何年も実家で過ごすことはなく、

義母と3人で旅に出かけます。



義母も帰省中のそんな過ごし方を楽しみにしてくれているので、

山ねこと共に「旅企画」を楽しんでいます。



今回は、昨年の夏の「日帰り入浴」で気に入った温泉での年越しを

「メインの旅企画」にしました。




ロビーや食事会場はもちろん、大浴場も「オーシャンビュー」で、

海と空が一望できます。



部屋は窓も大きく、さえぎるものが何もありません。

部屋でくつろぎながら見える海と空は絶景で、それだけで心癒されます。



ホテルの方に日の入り時間を教えていただいたので、

浴場では夕景を、部屋では日の入りを味わいました。

Photo_2  部屋から見た夕景


Photo_3  部屋から見た夕景


Photo_4  部屋から見た夕景



日の入りの時は、おしゃべりの私もことば少なになり、

自然のパワーを受けていました。



夜は特別企画が準備されていました。



一つはホテルのバスで行く「角島ナイトツアー」です。

ライトアップされている角島大橋や灯台を楽しめるというもので、参加しました。


Photo_5   角島ナイトツアーのチラシ


Photo_6  ライトアップされた角島大橋


Photo_7  ライトアップされた角島灯台


Photo_8  灯台のフレネルレンズ



昼間とはまた違う幻想的な風景とお月さまがとても美しかったです。



もう一つは「メッセージキャンドル」というものです。



一年の感謝と新年への想いなどメッセージを透明のコップに書いて、

水に浮かべたロウソクに火を灯しました。


Photo_9  メッセージキャンドル


Photo_10  メッセージキャンドル



ロウソクの火の揺らめきを見ていると、昨年のいろんなことを思い出し、

感謝の気持ちがよりいっそう深まりました。



どちらも、ホテルに行ってから知ったサプライズイベントだったので、とても嬉しかったです。



翌朝も天気が良く、海も空もその碧さが輝いていました。


Photo_14  部屋から見た朝の海と空


Photo_15  角島大橋と海と空


Photo_11  角島大橋と海と空


Photo_12  角島大橋と海と空



山口市内に戻り、瑠璃光寺に立ち寄った時に近くのお店で、

今回、初めて山口名物の「瓦そば」をいただきました。



熱く焼かれた瓦の上で焼いた茶そばをつゆにつけて食べます。



見た目にもインパクトがあり、とてもおいしかったです!


Photo_13  瓦そば


Img_1449  瑠璃光寺


Img_1455  池に映った瑠璃光寺



山ねこの故郷のことも、まだまだ知らないことがいっぱいです。



帰省のたびに「知らないことを知れる楽しみ」を味わうことができて、

義母と山ねこには感謝しています。



義母に元気をいただき、美しい景色に心癒され、

とても充実した時間の中で、心新たに新年をスタートすることができました。

2017年12月30日 (土)

両親を見送って想う ~「自分らしく生きる」ということ~

最後の更新から4か月も経ってしまいました。
自分なりに無理せず、ゆっくりペースで…とは言え、
ますます新鮮さに欠けるブログになっていますが、年末になり、やっと再開です(^-^;



7月2日の父の死からたった3か月後の10月2日、母が亡くなり、
まだまだいろんな想いの中で日々を送っています。



両親を見送った後の「介護日記」というのも変な感じかも知れませんが、
介護の中で工夫したり、配慮したりしてきたことも多いので、
自分自身の振り返りと今後のためにも少しずつ書いていこうと思っています。



父が亡くなって以降の母の介護は、
母が父の死の認識と受け入れで辛労していたこともあり、
今まで以上に配慮を要しました。


でも、介護が大変だったというよりも、
母と過ごす日々は私にとってとても貴重で、
母との関わり合いに集中できる良い時間になりました。



母は認知症になって、認識する力が弱くなってからも、
「自分なりに理解し、納得したい」という想いは昔と変わらず、
母自身も事あるごとに「ちゃんと教えてほしい」と言っていました。



「認知症があってわからないのだから、
いろいろ伝えると余計に混乱したり、不安になったりするから伝えない方が良いのでは?」
そんな考え方もあるかも知れませんが、
私は母の特性や意思に添って、ぶれることなく
母が「理解しやすく、納得できるように伝える」という対応を続けてきました。



私は自分自身のそんな対応を「実況生中継」と呼んでいました(*^^*)



父は最期の頃、日中寝ている時間が増え、
だんだん食べることができにくくなって痩せてきました。
また、発話もほとんどできなくなっていました。



父のそんな変容は老衰が進んでいるからだということを
母が理解しやすいように、具体的なエピソードを添えて伝え続けました。


そういう意味では、母も父の変容を母なりに納得しながら、
父への直接的な介助はできないものの、妻として見守り、支えていました。


父もまた、そんな母に支えられて穏やかに過ごしていました。



母は父の臨終の日、私たち夫婦と共に父を見守り、声をかけ続けました。



父は発話もできなくなっていたので、母に声を返すことはできませんでしたが、
力強い視線で、母と私たちに「ありがとう」を伝えたことで安心できたのか、
眠るように逝きました。



母は訪問診療のドクターから父の死を告げられた時は、
「え~、おとうちゃん、死んだん?!」と大泣きしました。



その後、ベッド上で父のケアをしていただくのを見守り、
母と私も父の身体をきれいに拭いたりしましたが、
その時も母は父の死を認識できたり、できなかったりしていました。



父が全く苦しむことなく、眠るように逝ったこともあり、 寝ているようにしか見えず、
いつもの訪問介護の時間のようにしか見えなかったのでしょう。



母が「お父ちゃん、どうしたん?!」と聞くたび、亡くなったことを伝えました。


父が亡くなったことがリアルにわかるように、
安置されている父の手を母に触らせたりもしました。
母は冷たくなった父の手に触れて、
「お父ちゃん、死んだんやね」と言いました。



母の反応はその都度いろいろ違っていて、
初めて知ったかのように驚き、大泣きすることもありました。



そうした母とのやり取りの繰り返しは、
父の葬儀や火葬や埋葬の流れの中でも続きました。


家族の死、特に、配偶者の死は辛いことですが、
母は認識できたり、できなかったりする現実の中で、
本当に苦しかっただろうと思います。



2つのベッドがあった居室から父のベッドがなくなり、
7月当初は居室の住空間の変化に母は混乱し、
「自分の部屋じゃない」と情緒不安定になりました。


もちろん、それは私も予測していたことです。


それもあって、H館では、環境の変化を最小限にしようと
1人部屋への変更はしない配慮をしてくださいました。


それでも、起きた混乱でした。


居室の入り口には「みよの部屋」と貼り紙をし、
居室を出入りするたびに、母に貼り紙を読ませるようにしました。



「この部屋にいた男の人がいなくなった」
「写真に写っている人が亡くなった」
「ベッドが一つなくなったから、部屋が広くなった」
「ここは私の部屋やね」などなど
母自身も現状を理解し、納得できるように「ことば化」していました。



担当ケアマネさんは「実況生中継」と称した私の対応を
いろんなシーンで見聞きしてきてくださっているので、
「三郎さんの死や環境の変化でみよさんが混乱するのは予想していたけれど、
予想より落ち着いて過ごせているのは、
その都度、みよさんにわかりやすく伝えてきたからですね」と言ってくださいました。



認知症があるということで、不要な混乱や不安を防ぐために
事実を知らせないという配慮をされる方たちもいるようですが、
対応の良し悪しではなく、 
私は本人の元々の特性を知り、本人に合った対応をすることが大事だと思います。


デイ通所中に「お父ちゃんの様子をみてくる」と言って居室に戻ることは
父の生前にもよくありましたが、デイの職員さんたちの報告によると、
父の死後、デイと居室の行き来の回数は増えたようです。



父は亡くなっているので居室にはいません。


母にとって日課でもあったデイと居室の行き来の中で
父が居室にいないことを知ることで、混乱を生み、辛労も増えたと思います。



ある日の日中臥床時「誰かが来た、知らない人が呼んでいる」と寝言を言い、
「私はトイレに行くので、そこには行けません」と言いました。



母のことばに苦笑しつつ、母の辛労を痛感しました。



その後、離床して、父の写真を見たとたん、
「この人が頭に浮かんできた(^^)」と言いました。



母にとっては夫である父のことを母が「知らない人」と表現するのは私も辛かったですが、
その後も続いた母とのやり取りの中で、
7月、8月は、母が現状を理解し、受け止めていくために必要で、
大事な時間なのだということに私も気づいていきました。



8月中旬頃から、夫が亡くなったことが母の認識の中で繋がってきたようで、
母は「寂しい」「お父ちゃんのところに行きたい」
「お父ちゃんが迎えに来ている」と言うことが増えました。



母は私のことはわかっていたので、「お父ちゃんのところに行きたい」と言うと、
私が悲しい想いをすることはわかっていたと思いますが、
それ以上に、自分の想いを私に伝えたかったのでしょう。




私たちとは少し違う思考の中で、混乱し、情緒不安定になりながらも父の死を認識し、
受け止め、受け入れた上で、妻として夫を想う気持ち…。



私は母の言動から母の父への想いを感じ取っていきました。




9月初めに母は不調になりました。


往診で採血をしていただき、数値に異常が出ていることがわかったため、
抗生物質と栄養の点滴を受けることになりました。


それまで通所していたデイサービスを休み、
居室で過ごす生活に変え、毎日、私が付き添いました。



1週間以上もベッド生活をしたのは初めてなので、
意思疎通はできるものの、認識力は衰え、
今まで以上に、意思確認や指示には「視覚的な伝達」が必要になりました。



老人性難聴のあった父はもちろん、
以前から、母にも日常的に「絵カード」を使った予定の伝達や意思確認など
「視覚的な伝達」の配慮や工夫は続けていました。



母が元気な時から、日常の自然な対応として
「視覚的な伝達」の配慮や工夫を取り入れて続けてきたことで
病床時期は、よりスムーズで、的確なコミュニケーションに有効なことを実感しました。



日頃から、そうした地道な積み重ねが大事なのだと思います。



11日間の点滴で体調も回復していきましたが、
母は「自分は病気」という認識が消えにくい状況でした。



そこで使ったのがホワイトボードに書いたメッセージでした。



7

             体調が戻ったことを知らせるホワイトボードに書いたメッセージ



母にメッセージを見せ、読んでもらいました。


目で見て、声に出して読むことで、母は回復したことを認識できたようでした。


ニコニコマークを書き添えていたので、
母はそれにも気づき「笑っているね」とより安心していました。



母に大きな声と笑顔が戻って、私も安心しましたが、
ずっと休むことなく頑張ってきた母には静養が必要だったのでしょう、
日中眠ることが増えました。


今まで日中に長く眠ることは殆どなかった母なので、
昼夜逆転にならないか心配しましたが、
夜勤の職員さんたちの報告によると夜間帯も良く寝ているとのことでした。


「もっと寝たい」と言って眠っている母の傍にいると、
不調から回復しても、父を亡くした喪失感や環境の変化を受け入れていく辛労は
予想以上に大きかったことがわかりました。


心身の疲労は「脳の疲労」にもつながっているので、
ぐっすり眠っている様子をみていると、脳を休めているように見えました。



変な言い方ですが、母にとっては、
昼も夜も安心して眠れる一番良い時間を過ごしているように感じました。



9月30日の朝、私と過ごしている時に意識を消失しました。



突然のことでしたが、声をかけているうちに意識は戻り、
職員さんたちのテキパキとした対応の中、
往診のドクターが来てくださった時には何事もなかったかのように回復していました。



ドクターには経過も含め、母の現状を伝えました。
ずっと付き添っていたことで、細かい様子や変化を伝えることができて、
本当に良かったと思います。



その日は休日で代診のドクターでしたが、私の話を丁寧に聴き取ってくださり、
母の現状やそれに伴う対応やご助言をいただき、安心しました。



中でも、母が「父のところに行きたい」と言っていることについて、
ドクターが「それは大事なこと」と共感してくださり、
「三郎さんの死による精神状態の経緯からも、本人の希望の訴えを聴き、
それに合わせた無理のない対応をしていくことは重要」と言ってくださったことは
本当に嬉しかったです。



その後、主治医のドクターと連絡を取って相談してくださり、
提示してくださった方向性も私には納得できる内容でした。



訪問診療所の主治医や他のドクターやスタッフの方たちは、
元気だった頃の母の延命治療は受けないという意思を尊重し、
私もそれが家族としての意向でもあることを伝えてきたので、
関係者みんなが納得できる方向性を出してくださったのだと思っています。



母はその時こんな展開を認識する力は殆どなくなっていたと思いますが、
母の穏やかな表情を見ていると、わかっているのかも知れないとも思いました。



10月2日は朝から血圧計測不能な状況やその他諸々、
いつもと違う様子が見られましたが、苦しむ様子はなく、
私の語りかけや歌を嬉しそうに聴いていました。



母の故郷の話や私の子どもの頃の話もしました。
「ふるさと」を歌ったら涙をこぼしました。


その日は発話もできない状況でしたが、母の「目力」は強く、
私は母の心の声をどれだけ聴き取るかが試されているようで、
悔いのないように全身全霊で付き添いたいという想いでした。



その日も「絵カード」を使いました。


飲み物もコップで飲むこともできなくて、スポイトを使っていましたが、
飲むかどうかの意思確認に「絵カード」を使うと母は指さしで応えました。


4


         飲み物を飲むかどうかの確認に使った絵カード



たった1滴の水分でしたが、おいしそうに飲みました。



私自身、こんな状況の中で「絵カード」を使うとは思っていませんでした。



私がそうした対応を続けることができたのは、
母の「意思を伝えたいという想い」が強かったからだと思います。




母だけでなく、父の最期の頃も、私自身の感性を高める努力をし続け、
本人たちの意思確認を優先して、あの手この手でコミュニケーションをとってきて、
本当に良かったとあらためて思います。



母は職員さんたちに直接お礼を伝えたいという想いも強く、
居室に来てくださる方たちの手を握り、懸命に伝えていました。



その日の母の様子を伝えるために夫にかけた電話にも母は出て、
声にならない声で伝えていました。
「おかあちゃんのありがとうの気持ちはちゃんと伝わったよ」と言うと、
安心したように微笑みました。



母は夕方の訪問介護の時にも対応してくださった職員さんたちの手を握り、
「ありがとう」を伝えていました。


母の想いをしっかりと受け止めてくださった職員さんたちの笑顔にも安心したのか、
職員さんたちの退出後、母は私の傍で苦しむことなく、穏やかに、眠るように逝きました。



長い人生の辛苦もすべて浄化し、笑みを浮かべているような顔でした。



その後、往診してくださった主治医のドクターには大往生だと言っていただけました。
私もそう思います。



父同様、母も老衰でした。




戦中派の両親は、私には想像もできない体験をしてきていると思います。
2人共、若い頃も、結婚してからも、私たち姉弟を生み、育てる中でも、
苦労してきたこともたくさんあっただろうと思います。



それでも、どんな時も、自分らしさを失わず、
「ありのままの自然体」で生きてきた2人でした。



「ありのままの自然体」で生きることは生きにくさに繋がることもあり、
辛いこともあったと思います。



それでも、2人共、自然体で生き続け、人生を生ききりました。



最期まで、職員さんたちや関係者の方たちにありがとうを伝え続けた両親の姿は、
日々の介護への感謝の気持ちだけでなく、
「自分らしく生き続けることを支えてもらえた幸せ」への
喜びと感謝の意思表示に見えました。



私は両親が命を終える瞬間まで自分らしく生ききれたのは、
たくさんの関係者の方たちと共に、
「自分らしく生きることを支える介護」ができたからだと思っています。



亡くなる直前まで訪問リハビリに来てくださった両親の担当PTさんの
「お二人は生きることを諦めていない」
「諦めていないから、訪問し続けさせてもらえる」ということばが
今も心に深くしみこんでいます。



父と母の生き方(命の終わり方)を見てきて、
本人自身が家族はもちろん、まわりの方たちに意思を伝えること、
そして、家族とまわりの方たちが本人の意思を尊重し、
共通した想いで本人に関われるかどうかが重要なのだと思いました。



私1人では、両親の意思を全うさせてあげることはできなかったと思います。


あらためて、理解してくださる方たちや支えてくださる方たち、
それぞれの立場でできることを支援してくださる方たちがいたことが
大きかったのだと思っています。



本人を取り巻く方たちが、そういう対応を続けることで、
本人もまた、発話ができなくなったり、認識できにくくなったりしても、
意思を伝え続けてくれるのだと思います。



言い方を変えると、本人の自己選択・自己決定・自己実現は
まわりの方たちの情報共有と共通理解、そして、
本人に合った的確な対応がなければ叶わないのだということを
両親の生き方を通して思い知らされました。



私は両親の生き方から学び続けることができたこと、
研修などでの学びを日常生活の中で活かすことができたことに心から感謝し、
嬉しく思っています。



短期間に両親を亡くした喪失感は大きいけれど、
父と母の意思が私を支えてくれたこと、
最期の最期まで私を導いてくれたことを幸せに思います。



あとわずかで今年も終わります。



新年も、今まで通り、人と人との出逢いとつながりに感謝し、
両親のように「自分らしく生きる」ことを大切にして生きていこうと思います。



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    散髪してきた母に「きれいになったな」と声をかける父(2016年)


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     脳梗塞再発後のリハビリ中(立位練習)の父(2016年)


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    脳梗塞再発後のリハビリ中(ペダルこぎ運動)の父(2016年)


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    運動好きだった母のリハビリ時間(2017年)


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     パステル教室で描いた絵と笑顔の母(2017年)


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   母の日 私の手づくりカードと大笑いの母(2017年)


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    父の日 大好きなお赤飯とお寿司を見て、すぐに手を出し食べた父(2017年)

     (殆ど食べられなくなっていた時期だったので、ビックリ!)




想いがあふれ、かなり長文になってしまいました。
最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

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