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2018年2月の5件の記事

2018年2月25日 (日)

福岡で「マジカルトイボックス?!」(*^^*)?!

2月3日(土)は福岡に行ってきました。

その週の日曜日に盛岡から帰ったばかりなのに、

私たちはいったい何をしているのって声が聞こえてきそうですね(^-^;



昨年1月、マジカルトイボックスの製作講座(※)で

参加者のみなさんが作られた「空気圧センサースイッチ」の製作会が

福岡でも行われるというお話を伺い、呼ばれてもいないのに行ってきました。



※マジカルトイボックスの魅力

http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-2fd5.html



会場は「築城」というところにある特別支援学校で、

私には地名の読み方もわからなかった「知らない場所」でした。



私は独身時代、旅先は東北や北海道など「北向き」が圧倒的に多く、

特に冬はスキー三昧だったので、なおさら「北向き」が多く、

九州を旅したことはなく、築城どころか福岡も知りませんでした。



そんなわけで、私は製作会に参加するためというよりも、

「福岡に行ける」「地酒が飲める」という不純な動機でした(^^)ゞ



山ねこは自分が開発した「感度調整機能付き空気圧センサースイッチ」の製作会ということで、

少しでもお手伝いができればという真面目な動機でした。



そんな2人の動機を知ってか知らずか、

今回の福岡入りをサポートしてくださったのが「鈍宅男さん」でした。



宅男さんはマジカルトイボックスのイベントで出逢った方です。

宅男さんは有名な方なので、

このブログを読まれる方の中にはよ~くご存知の方もいらっしゃるかも知れません。



築城駅にお迎えに来てくださった宅男さんとは1月以来の再会でしたが、

東京ではない場所でお会いするのが何とも「不思議な感覚」でした。


Photo   築城駅ホーム



製作会は午後1時30分からということで、

始まる前は実行委員(?!)のみなさんと会食しました。

初対面の方たちなのに初対面とは思えない親近感があり、

これまた私には「不思議な感覚」がありました。



開始時間に近づき、参加者の方たちが集まってこられると、

宅男さんはじめ、実行委員のみなさんは、な・な・なんと、

「マジカルトイボックスのピンクのロゴ入りTシャツ」に変身されました。



ここでまた「不思議な感覚」に襲われました(*_*)

実は、私はその日、同系色のピンクのTシャツを着ていたのです。

示し合わせたわけでもなかったので、ちょっと怖さも感じましたが、

せっかくなので、上着を脱いで、私もピンクのTシャツになりました。



実行委員長さん(?!)のご挨拶が始まり、

ホワイトボードを見て、ビックリ!!!!!!

そこには「マジカル トイ ホークス」と書かれていたのです。


Photo_2   実行委員長さん(?!)のご挨拶



あらためて、室内に置いてあった「精算表」をよく見ると

そこにも「マジカル トイ ホークス」と書かれているではないですか。


Photo_3   精算表



感度は良い方だと自負しているのですが、気づくのが遅すぎました(^-^;



築城駅に着いて宅男さんに再会した時の「不思議な感覚」は、

こんなふうに繋がっていたということがわかりました。



でも、そこで終わらないのが、またすごい!

製作前に参加者全員に「にわか面」が配られて、全体写真撮影。

製作会開始前から、私のテンションは上がりまくりでした(^^)


Photo_4   製作スタート



その日の製作は「感度調整機能付き空気圧センサースイッチ」だけでなく、

「VOCA」や「おもちゃの改造」などもあり、

参加者が選ばれた製作物を班ごとに分かれて製作されました。



場所も部屋の広さも何から何まですべて違うのに、

ピンクのTシャツの人たちが目に入るたび、

「ここは東京のオリンピックセンター?」という錯覚に陥るほどでした。


I   製作中



私もピンクのTシャツを着ていたからでしょうか?!

マジカルの製作講座では私の製作物は山ねこに製作してもらっているのに、

ここでは私もサポーターとして働いていました('◇')ゞ


Photo_5   製作中



私は視覚障害のため細かいところは見えず、はんだ付けはできませんが、

はんだ付けのコツや留意点などは説明できます。

はんだ付けができない私にこういう説明ができるのは、

長年製作講座に参加させていただいてきた賜物です。



「私には私の役割があるんだ!」ととても嬉しくなりました。



そんな私を優しいまなざしで見守ってくださる宅男さんに気づき、

会場内に流れている「人を想う心」も実感しました。



参加者のみなさんは電子工作経験者の方たちもいれば、

初心者の方たちもいらっしゃいました。



「おもちゃの改造」ではいつも感じることですが、

はんだ付けそのものより「分解と組み立て」が難解なことが多いです。



製作が終わった方がそういう難解部分の作業のコツを伝えたり、

サポートしたりされているのも印象的でした。

技術的なことだけでなく、いろんな方たちがいるからこそ、

製作の中での会話もいろいろあって、終始和やかでした。



授業など現場で使うために作られているのだと思いますが、

子どもたちとの楽しい時間を想像しながら作られていることを

みなさんの会話からも感じました。



みなさんが関わっていらっしゃる子どもたちに私たちがお会いすることはないですが、

みなさんの楽しそうな笑顔から子どもたちの笑顔が見えるようでした。



そんな輪の中に私も一緒にいられることが嬉しかったです。



製作会は製作だけでなく、そんなコミュニケーションも楽しめるので、大好きなのです。


Photo_6   製作中


Photo_7   山ねこサポート中


Photo_8   山ねこサポート中





初めて参加した「マジカル  トイ  ホークス」でしたが、

「マジカルトイボックス」とはそういうところが共通していて、とても魅力的でした!!



「ここは東京のオリンピックセンター?」という錯覚は

錯覚ではなかったのかも知れません(*^^*)



Photo_11   「にわか面」勢ぞろい



当日は宿泊だったので、

夜はホテルの近くで「宴」を企画してくださいました。

実行委員(?!)の方たちだけでしたが、大いに盛り上がりました。


Photo_10   鈍宅男さん


Photo_9   飲み会参加中




マジカルトイボックスが始まった頃の話や

私がずっと気になっていた「起風会」のお話も聴かせていただけました。



独身時代に働いていた東大阪の母子通園施設の設立(昭和55年)当初、

同僚たちと話していた頃にタイムスリップするようなお話もできました。



築城駅で宅男さんに再会した時の「不思議な感覚」や

初対面の方たちなのに初対面とは思えないような「親近感」は

こんなふうに深層で繋がっていたからなのかも知れません。



楽しくステキなご縁を繋いでくださった宅男さんには感謝の気持ちでいっぱいです。




茨城空港ができてから、地理的に遠くても近く感じる場所が増えました。

福岡便は初めて使いましたが、福岡も手軽に行けることがわかりました。



福岡は私たちにとって「また行きたい場所」として定着しそうです。



6月16日に「DonTAC」というイベントが計画されています。


https://dontactac.wixsite.com/mysite



行けるといいなぁ(*^^*)

2018年2月12日 (月)

プチ観光・盛岡紀行

1月28日(日)に盛岡に行ったことはひとつ前のブログに書きました。



「伊藤史人氏 日本賞受賞記念凱旋講演会」in盛岡 参加報告


http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-8553.html




今日のブログは講演会の前の時間の「プチ観光・盛岡紀行」です(^^)



「イーハトーブ帰省」にはいつもはマイカーを使いますが、

雪の季節は列車を利用しています。



私たちは「列車の旅」も好きなので、朝から楽しみにしていました。



早朝出発だったため、自宅を出る時は真っ暗でした。

午前6時56分、

常磐線の車窓から見えた土浦近辺のレンコン田(※)に輝く朝日はとてもきれいでした。

※蓮田と呼ぶ地域もありますが、土浦はレンコン田と呼ぶそうです。


Photo_5   土浦のレンコン畑と朝日(常磐線の車窓から)



レンコン田にはレンコン掘りの人たちがいました。

寒い中、こうして働いていらっしゃる人たちのおかげで、

おいしいレンコンをいただくことができるんだなぁとしみじみ思いました。



東北新幹線に乗るのは何年振りでしょうか?!


Photo_6   上野駅(東北新幹線)



2人共、道中、車窓から見える景色を堪能していました。


Photo_7   富士山(東北新幹線の車窓から)


Photo_8   富士山(東北新幹線の車窓から)


Photo_9   日光連山(東北新幹線の車窓から)


Photo_10   日光連山(東北新幹線の車窓から)


Photo_11   那須連峰(東北新幹線の車窓から)


Photo_12   那須連峰と雪景色(東北新幹線の車窓から)


Photo_13   吾妻連峰(東北新幹線の車窓から)


Photo_14   吾妻小富士(東北新幹線の車窓から)


Photo_15   雪景色(東北新幹線の車窓から)


Photo_16   新花巻付近(東北新幹線の車窓から)


Photo_17   盛岡駅構内の看板


Photo_18   「かっぱ」見つけた!


Photo_19   盛岡駅


盛岡駅前は歩道に雪が残っていましたが、

雪も降っていなくて、歩いて散策するには良かったです。



駅前ではタクシーの運転手さんが声をかけてくださり、

親切に道順を教えてくださいました。

列車を使ったり、歩いたりすると、地元の方たちとのふれあいがぐっと増えるので、

特に私は、昔から「列車の旅」が大好きでした(*^^*)



講演会前の限られた時間なので遠くには行けないため、

「開運橋」「北上川」「岩手山」「らら・いわて」「盛岡冷麺」と行き先を絞りました。



「岩手山」と言っても近くに行くわけではなく、遠目に見るだけです(^-^;

「開運橋」から見える岩手山は定番のスポットですが、

少し歩いて「旭橋」からも見ました。



Photo_20   岩手山(開運橋から)


Photo_21   岩手山(旭橋から)


雪の季節にイーハトーブに帰省することは少ないので、

雪をかぶった岩手山を見ると嬉しくなります。



秋になると「北上川」や沿岸の河川には鮭が産卵のために遡上するそうです。

何千キロも旅してきた鮭の姿が日常的に市街地で見られるなんて、ロマンを感じます。

(横で「茨城でも見られるで」…と山ねこが言っておりますが…)



孵化した稚魚はまた遠くの海を目指して長い旅をします。

自然環境は人間の暮らしの変化や営みの中で変わっていきます。

河川の汚染など環境の変化で鮭の遡上が途絶えることもあるでしょう。



街並みと雄大な岩手山を仰ぎ見ながら、

こうした自然の営みが今も続いていることに感動していました。



「らら・いわて」は山ねこの一番の目的地でした(*^^*)


Photo_22   らら・いわて



山ねこは「岩手の名産品」を時々通販で注文していて、その注文先が「らら・いわて」なのです。



「岩手の名産品」の中で私たちが大好きなものは「がんこ」で、

南部せんべいの「みみ」と呼ばれているものです。



「がんこ」は遠野の友人に教えてもらったもので、初めて食べた時から大ファンになりました。

どこにでも売っているわけではないので、

帰省のたび、地元のスーパーなどでまとめ買いしていました。



最近はなかなか帰省できないので「通販」で買っています。



そんなわけで、今回は「らら・いわて」で「がんこ」を買うというのが

山ねこの目的だったようです。

あいにく「がんこ」は店頭にたくさん並んでいなかったですが、

関連するものや新作を選んで買いました。



Photo_31  お土産(がんこ他)



こういう些細なことで「幸せ」を感じることができる私たちです(^-^;



昼食は「盛岡冷麺」を食べました。


Photo_23   盛岡冷麺




昼食時間を含めて、講演会までの散策時間は2時間程度でしたが、

いろいろ味わえた良い時間でした。



講演会後は帰路の新幹線の時間が迫っていたので、

少し慌ただしかったですが、嬉しいことがありました!!



山ねこが座席指定席を「こまち」で予約していたので、

連結するところが見られたのです。

山ねこから事前に知らされていなかったため、私には「ビッグサプライズ」でした V(*^^*)V



Photo_24   「こまち」と「はやぶさ」


Photo_25   「こまち」


Photo_26   「はやぶさ」


Photo_27   「こまち」と「はやぶさ」連結間近


Photo_28   「こまち」と「はやぶさ」連結間近


Photo_29   「こまち」と「はやぶさ」連結完了




講演会参加というメインの楽しみがあっての「盛岡紀行」です。

短時間でもこうした「プチ観光」ができて嬉しかったです。

ちなみに、駅弁は岩手のものではなく、青森のものを選びました。



Photo_30   駅弁



ひとつ前のブログにも書いたように、

今後は研修会等でも「イーハトーブ入り」することが増えそうな気がします。



今回は日帰りでしたが、次回は「温泉&飲み会付きの計画」にして、

お楽しみを増やそうと思っています。

私の報告はやっぱり、最後は「飲み会」の話になりますね(^-^;

まっ、いいかぁ(*^^*)ゞ

2018年2月11日 (日)

「伊藤史人氏 日本賞受賞記念凱旋講演会」in盛岡 参加報告

私たちは「岩手好き」「宮沢賢治好き」で、岩手(遠野)は第2の故郷でもあるので、

毎年春と秋には必ず「帰って」いたのですが、ここ2~3年、帰れなくなっていました。



そんな時、「朗報」が入ってきました(*^^*)

1月28日(日)に「伊藤史人さんの講演会」が盛岡で開かれるという情報でした。

http://www.iwate-pu.ac.jp/whatsnew/2018/01/2018128-1.html



すでに、山ねこ工作室にも「EyeMoT(アイモット)」があり、

「福祉のえん日」や「特別支援学校での先生向けのワークショップ」などで、

体験していただいていることもあり、直接お話を伺いたいと思いました。



第2部には「パネルディスカッション」も企画されていて、

去年の夏のマジカルトイボックスのイベントの講演会の講師だった

「76歳の女子高生の板倉ミサヲさん」がご登壇されると知り、

またミサヲさんのお話を伺えるということも楽しみで、申し込みました。



第3部には「交流会」が組まれていることも魅力的でした。


Photo   

  いわて県民情報交流センター 7階から見えるセンター内


Photo_2

  いわて県民情報交流センター 7階から見えるセンター内


Photo_3

  岩手県立大学アイーナキャンパス(7階)案内表示


Photo_4   講演会の案内板



Photo_5   講演会開始前


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講演会の演題

  「成功体験」をベースにした視線入力訓練の方法とその実際   

    ~「EyeMoT」と振動フィードバックを活用した方法~

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私はいろいろな体験会で視線入力を体験させていただいたり、

山ねこが体験のサポートをしているのを傍で見たりしている時に、

「成功体験」というのはとても大事なことだと感じてきました。



視線入力に限らず、スイッチ等の体験の時にも感じてきたことです。



特に、直接使われるご本人たちが体験される時に、

体験そのものが難しかったり、サポートする方たちが不慣れだったりすると、

「成功体験」に繋がらず、「難しいもの」「できないもの」という印象をご本人たちが

持たれてしまうことに繋がる気がしていたからです。



「成功体験」ができるためにはセッティングのしかたもとても重要です。

機器類の体験をする時にセッティングやその準備が不充分だと

セッティング段階で「難しいもの」「できないもの」と感じてしまいます。



私自身、機器類の仕組み自体が充分理解できているわけではなく、

実際には「私にとっては難しいもの」という想いや、

テクノロジーや機器類への苦手意識もあります。



それでも、テクノロジーや機器類は自分にとって役立つものだと思っています。

役立つ時が今現在という場合もありますし、近未来という場合もあります。



それだけに、「私にとっては難しいもの」という想いや苦手意識が

「使わない」「使えないもの」として定着してしまったり、

排除してしまったりしたくないという想いがあります。




そんな私なので「成功体験」や「セッティングの重要性」は大切な視点で、

「楽しいという実体験」はとても重要です。

少なくても、私にとってはすべて「必要なもの」です(*^^*)





「成功体験」や「楽しいという実体験」が

「使いたくなる気持ち」や「もっとやってみたいという意欲」にも繋がります。




ずっと以前からそんなことを思い続けてきたので、

伊藤さんの「成功体験」をベースにした取り組みや実際のお話には、

私自身の体験とも重なって、とても共感しました。




講演の途中で、南カリフォルニアの方とネットを繋げた対話を

聴かせてもらえる時間も組まれていました。

実際にお使いになっているお子さんは、ネットが繋がった時間に

ちょうど眠ってしまわれていたので、お母さんと伊藤さんとの対話でした。



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パネルディスカッションのテーマ

  「なぜ教育・福祉の現場にテクノロジーが根付かないのか?」

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Photo_6   配布資料(パネルディスカッション)



パネルディスカッションは各分野の方たちがパネラーとなって進められましたが、

「ひとり約3分」という短時間の持ち時間にも関わらず、

それぞれのお立場での「重要なエッセンス」が語られ、

伊藤さんの進行とパネラーのみなさんとのかけ合い(笑)も絶妙でした。



どんな立場であっても、視点がぶれていなければ、

短時間でも、こんなに内容の濃い、充実した時間になるのだと思いました。



私がお話を伺うのを一番楽しみにしていたミサヲさんは、

伊藤さんとのかけ合い(笑)の中で、終始ステキな笑顔でお話されました。



中でも「私のように口の立つ人はいいけど、口で喋れない人は辛い思いをしている」という

ミサヲさんのメッセージはとても印象に残りました。



こうしたメッセージの中にも「重要な視点」があると思いました。



音声での発話が難しい方や身体的に動かせるところが少ない方や

進行性の障害や病気のためにできなくなっていくことの多い方たちにとって、

コミュニケーションや考え方やとらえ方のズレによって、

本人の意思と関係なく、生活が狭められていくのは良いことではありません。



情報を持っている人が情報を伝え、それぞれが活用の実例を知り合い、

それを伝え合っていくという「開かれた支援」でなければ、

「生きる希望」や「幸せな未来」にも繋がっていきません。



「今が幸せでなければ、幸せな未来に繋がらない」



以前、ある方の講演会で聴いたメッセージとも共通しています。



そんなことをいろいろ思いめぐらせながら、みなさんの話を聴いていました。

山ねこ工作室としての今までの活動やこれからの活動はもちろん、

私たち自身の生き方をあらためて見直す時間にもなりました。


Photo_11   集合写真



参加者のみなさんは初対面でしたが、

交流会では、お喋り好きで、ご縁づくり担当(笑)の私は、

山ねこと一緒に何人かの方たちとお話し合いました。



パネルディスカッションにご登壇されたマジカル仲間(笑)の菊池さんには

伊藤さんとお話する仲介をしていただきましたが、

その大部分を私が興奮気味にお話してしまったために、

山ねこは伊藤さんとはちょっとしかお話しできませんでした(^-^;

(いつものことなんですけどね…)



その証拠写真を撮られていました(^-^;


Photo_7   歓談中(山ねこはノンアルビール飲んでます)


Photo_8   山ねこ歓談中


Photo_9   記念写真(伊藤さんと菊池さんと共に)



参加者の中には、地元の企業の方などもいらっしゃって、

山ねこはとても嬉しそうにお話していました。


Photo_10   歓談中(筋電スイッチの話)



今回の講演会を主催された岩手県立大学の先生方ともお話しできて、

1時間足らずの交流会も内容が濃く、とても楽しかったです。



伊藤さんの講演会、パネルディスカッション、交流会、合わせてたった3時間なのに、

これほどまでに内容の濃い、充実した楽しい時間になったのは、

主催された岩手県立大学の先生方はじめ、

伊藤さん、パネラーの方たち、参加者のみなさんの熱意ゆえでしょう。



帰宅してから2~3日もしないうちに、FB等では報告が流れていました。

「伊藤縁(障害支援へのICT活用への熱い心をもつ同志)」ということばも見つけました。



私たちがいろんな意味で印象深く感じた盛岡でのこの時間は、

「伊藤縁」が繋ぐものだったのだとあらためて知りました。



山ねこは「伊藤さんのブログ」も以前から読んでいたようですが、

ブログからも「伊藤縁」のリアルな様子がよく伝わってきました。



ポランの広場 福祉情報工学と市民活動

http://www.poran.net/ito/



2月1日のブログには、この日の講演会が取り上げられた新聞記事も掲載されていました。

http://www.poran.net/ito/archives/8071



パネラーの方の配布資料の中に、

「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という

「宮沢賢治のことば」を見つけました。



私たちは前述したように宮沢賢治が大好きで、

「イーハトーブ(岩手)」とのご縁は40年近くになります。



そんな私たちなので、大好きな「イーハトーブ」では、

「賢治さんのご縁」でいろんな方たちと繋がり合って、

今まで「たくさんの出逢いと繋がり」を得てきました。



「伊藤縁」は私たちにとっては「賢治さんのご縁」なのかも知れません。



交流会でも「新たな一歩に繋がる素敵な出逢い」もありました(^ ^)



そんな新たな「イーハトーブとの繋がり」で、

久しぶりに帰った「イーハトーブ」がますます近くなりました。

これを機に「イーハトーブへの帰省」が再開しそうで、楽しみです(*^^*)



今回は日帰りだったため、交流会後すぐに帰路につかなくてはならず、

いつものような「飲み会」はできませんでしたが、午前中に少しだけ「プチ観光」をしました。

その「プチ観光・盛岡紀行」は別便で書きます(^-^;

2018年2月 2日 (金)

「ドロップス」との「ご縁のえん」~両親の導き~

1年近く前のことです。

昨年の2月18日に「kintaのブログ」を読みました。

★ドロップス活用例大募集★

http://magicaltoybox.org/kinta/2017/02/18/14570



「ドロップス」がいろいろな場で活用されていることは知っていましたが、

「視覚シンボルで楽々コミュニケーション」という本が生まれた経緯は知りませんでした。



「kintaのブログ」を読んで、人と人との繋がりっていいなぁと思いました。

そして、活用例が募集されているなら、私も応募しようと思いました。



両親との関わり合いの中で「ドロップス」のシンボルを「絵カード」にして

日常的にいろいろ活用させていただいてきたからです。



コミュニケーションは双方向(2016年6月27日)

http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-ae39.html



「ドロップス」を両親とのコミュニケーションに使っているという現状と

介護の中で役立てられていることが嬉しくて、お礼の気持ちで応募しました。



「ドロップス」に限らず、両親を通して知ることになった介護現場では、

「視覚的な支援」が浸透していないことを知り、残念だなと思っていました。

(両親が入居していた住宅がたまたまそうだっただけかも知れませんが…)



一方、ほぼ毎日、両親が暮らす住宅に通い続けたことで、

介護現場の人手不足やシビアな実情もリアルに見えていました。



そんな介護現場の実情から、

「視覚的な支援」などが「役立つもの」であっても、

「絵カード」なども使い慣れていらっしゃらない職員さんたちに

一方的にお願いすると負担になるだろうことも感じていたので、

両親が必要な時に私が使い続けていました。



両親と私の日常の「視覚的な支援」や「絵カード」の活用を見て、

職員さんたちがその有効性を感じて取っていってくださったことはとても嬉しいことでした。



職員さんたちが真似て使ってくださったり、工夫してくださったりして、

少しずつ広がっていったことも嬉しかったです。


また「視覚的な支援」が両親と私のコミュニケーションだけでなく、

職員さんたちにも役立っていたことは新鮮でした。



両親が暮らした住宅は職員さんが短時間勤務体制にもなっているので、

一日の中でも職員さんたちの入れ替わりが多いこともあり、

職員さんたちが伝え合う引継ぎ事項も多く、情報が錯綜するようでした。



そんな実情でもあったせいか、

私がお願いしたり、職員さんから伝達されたりすることを

「写真」や「掲示物」として作り、両親の居室に貼り出していたので、

「三郎さんとみよさんに関することは、居室に行けばわかる」とよく言われていました。



「簡潔明瞭」「一目瞭然」な「視覚的な支援」はやっぱり誰にとっても有効なんだ…

そう実感すると、工作好きの私のモチベーションはますます上がっていきました(*^^*)



私にとって、「掲示物」などを誰が作るかは問題ではなく、

「必要とする時に、すぐ作る」

「修正が必要な時には、すぐ修正する」

「不要な時には、すぐ撤収する」…というように、

両親の実情に合わせた対応が重要でした。



わかるように書いて掲示したつもりでも、伝わっていないと感じる時は、

「わかりにくいんだ」「まだまだ私の力不足なんだ」ととらえ、修正し、作り直してきました。



自分本位で作ったり、使ったりしていると気づかないこともあるので、

両親の言動や認識のしかたを細かく観ることをより重視してきました。



両親の動線、視線はもちろん、職員さんたちの動線、視線も観て、

誰にとっても「見えやすい」「使いやすい」ような工夫もしました。



特に怪我や事故に繋がり兼ねない注意喚起の掲示は迅速さも必要でした。

また、掲示場所(高さや位置)や掲示物の大きさも重要な視点でした。



両親がベッドでの臥床中に見るものは、私自身が実際にベッドに寝てみて、

高さや位置を確認し、必要に応じて微調整もしました。



実際に使っていく中で、私の思考もどんどん柔軟になり、発想も豊かになり、

新たな工夫や配慮ができるようになることを実感していきました。



そうするとアイディアもどんどん浮かんでくるので、作業する時間もあまりかかりません。

私にとっては支援のためというより、「自分自身の楽しみ」として定着していきました。

「気づきや学び」を楽しみと感じられることが嬉しかったので、

こういう作業もまったく苦にはなりませんでした。



「ドロップスをご両親とのコミュニケーションに使う時、抵抗なかった?」と聞いた

友人がいました。

「ドロップス」は特別支援学校の先生たちが作られたものですし、

学校関連の絵が圧倒的に多いので、そんな問いかけも不思議ではありません。

いろいろな動作や活動に描かれている顔は「男の子」や「女の子」なので、

私も使い始める頃、両親と使うには少し子どもっぽいかなとは思いました。



でも、「ドロップス」の存在を知らなかった友人のOTが「男の子」の絵を見て

「おじいさん」と言い、「お父さんに似たイラストをよく見つけたね」と言ってくれたのが新鮮で、

先入観で見てしまうのはいけないなと気づかされました。



職員さんたちや他の事業所から訪問してくださる担当者の方たちにも

「絵がとてもシンプルで、わかりやすくて良いね」と言われました。

他の訪問先の方たちとのコミュニケーションに悩まれていることもあり、

「こうした『良いもの』の存在を知り、使っていくことで、

高齢者の方たちの現場でも広がっていくと良いね」とも言われました。



両親とのコミュニケーションに役立てばと思って使い始めたものが、

職員さんたちや関係者の方たちとのコミュニケーションにも役立つことがわかり、

「ドロップス」が「絵カード」の素材というだけでなく、

生活の中で息づいていったことは本当に嬉しいことでした。



昨年の7月2日に父が亡くなり、10月2日に母が亡くなりました。

12月のブログの中にも書いていますが、

母とは亡くなる日まで「絵カード」を使っていました。



両親を見送って想う ~「自分らしく生きる」ということ~(2017年12月30日)
http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-c2fa.html




母が亡くなった直後に「ありがとう」と書いた「気持ち」の絵カードを母の枕元に置きました。

最後のお別れにきてくださる方たちに向けて、

母が伝えたい気持ちを「ありがとうの絵カード」に託しました。

Photo_5   ありがとうの絵カード



納棺の時には、私たちみんなの気持ちをこめて、「ありがとうの絵カード」を入れました。



母を見送る時にも「絵カード」をこんなふうに使えたのも、

「絵カード」が私たちにとって「生活の一部」になっていたからです。



あらためて振り返ってみると、

両親と私にとって「絵カード」や「視覚的な支援」は

支援ツールというより「あたりまえの日常」になっていたのです。



両親が続けて他界し、いろいろな雑務に追われ、

応募していたことすらすっかり忘れていた時に、

出版社(七七舎)から両親との活用例が掲載されるという連絡が入りました。



とても驚きましたが、連絡があったのが偶然にも11月2日、

両親のいわゆる「月命日」だったこともあり、両親の供養になると思いました。



「視覚シンボルで楽々コミュニケーション おかわり2」に掲載していただきました。

Photo_3   

   「視覚シンボルで楽々コミュニケーション おかわり2」


https://www.space96.com/php/user/item_detail.php?store_id=space96&flow_id=joyVrI&from_page_id=keyword_list74991100&youto_kbn=1&andor=and&item_cd=s17111403



両親がお世話になった住宅の職員さんに報告すると、

「三郎さんとみよさんと過ごした日々を思い出しました」と言われました。



「ドロップス」とのご縁が両親と私だけではなく、

職員さんたちや他の方たちとも繋がっていたことをとても嬉しく思いました。



実は、「ドロップス」とのご縁にはまだ続きがあります。

七七舎の方から、また連絡が入りました。



七七舎は介護関連の雑誌(ブリコラージュ)も出版されています。

http://www.nanasha.net/brico/index.html



「ドロップス」を高齢者とのコミュニケーションに使うのは良いアイデアで、

介護現場でもこうしたコミュニケーションツールが広がるといいなという

担当者の方の強い想いがこめられた原稿依頼でした。



私自身、以前から同じことを考えていたこともあり、

原稿を書くことで両親だけでなく、

他の方たちに役立つことに繋がるなら嬉しいと思いました。



また、こうした機会を得て、書かせていただけるのなら、

お世話になった関係者の方たちへの感謝の気持ちを伝えられると思い、

お引き受けしました。


Photo_4   介護雑誌「ブリコラージュ」



教育・福祉・医療・介護など分野を分けず、

子ども・大人・高齢者など世代も問わず、障害の有無も問わず、

「必要な時」に「必要な支援」を受け合って、

「安心できる暮らしが叶う社会」にしていきたいという想いがあります。



そのためにも「良いもの」が浸透していくことはとても重要です。



私たちが日々の生活の中でやれることはささやかですが、

今回の「ご縁のえん」もそんな小さな一歩だと私は思っています。



今、毎日、両親の笑顔の写真をみるたび、

こうして書いて発信することも含めて、両親に導かれている気がします。



介護をしていた時より、違った意味で、両親を身近に感じる毎日です。



「ドロップス」の「ご縁のえん」は私にとって、

「両親の娘として生まれ、今を生きている幸せ」にも繋がる大切なものとなりました。



関係者のみなさまには感謝の気持ちでいっぱいです。



自分自身の老いや死を見すえて、最期までどう生きるかを考えてきた両親です。



父が父の生き方を全うし、母が母の生き方を全うして生きぬいたように、

いっぱい迷ったり、悩んだり、失敗したりしながらであっても、

私も私の生き方を全うできるように生きていけたらいいなぁと思います。



そのためにも、まだまだ修行は続きます。

もちろん、苦行ではなく、何事も楽しみながらです!(*^^*)!

嬉しいメッセージ(手づくりハンドウォーマーのその後)

昨夜からの雪が今も降り続いています。

雪の日は怖くて、私は外出できません(-_-;)


2_2   家のまわりの雪景色



1_2   家のまわりの雪景色



そんな日に嬉しいメッセージが届き、心がほっこりしました。



私が手づくりした「ハンドウォーマー」を使ってくださっている

盛岡の方からのメッセージです。



「手のカバー愛用しています(^^)ありがとうございます!」



写真も添えてあったので、使用状況がわかり、とても嬉しかったです。


Photo_2   ハンドウォーマー使用中の写真 ㏌ 盛岡



写真を見ると、マウスを使いながらペンも使用されるようなので、

手袋と違って、使い勝手は良さそうですね(^-^;



盛岡も冷え込んでいるようなので、

こんなちょっとしたグッズでも

少しでも暖かく、快適に過ごしていただけているといいなぁと思います。



こうした報告をいただき、情報交換ができると、

人と人とが繋がり合っているのがより実感できて嬉しいです。



寒くても、外出できなくても、心が温かくなって、気持ちもアップし、

家の中で私もいろいろ動けそうです。



(参考)手づくり「ハンドウォーマー」(1月20日のブログ)

http://yamaneko-kousakusitu.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-9109-1.html
 

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